2026年6月3日に“がらり”がEP『螺旋の街』を配信リリースしました。3月リリースの楽曲「春を盗んで」のほか、東海ラジオのプロジェクト『TOKAI RADIO ONE ARTIST 2026!』のプッシュ曲「シャイなボーイ」、ドラマ『100日後に別れる僕と彼』オープニング主題歌「単純ないきもの」など計5曲を収録。都会を舞台に、孤独や逃避への衝動と諦念、受容といった感情がリレーのように表現されたEPとなっております。
さて、今日のうたではそんな“がらり”による歌詞エッセイを3週連続でお届けします。最終回は、収録曲「単純ないきもの」にまつわるお話です。『個』を肯定する最近の音楽に対する、カウンターを意識して書いたというこの歌。自身が肯定したかったものは…。
最近の音楽の歌詞について、何か一つ特徴を挙げるとすれば、『個』を肯定する描写が頻繁に出てくるという点ではなかろうか。
自分らしさ、ありのままの私、自己肯定感爆上げ、◯◯な私が好き───。
表現方法、筆致に差はあれどやはり個を肯定する、という文脈はJ-POP歌詞世界の一大ムーブメントであり、もはやベーシックなものとして取り扱われている。
「単純ないきもの」という楽曲を先日リリースした。
この楽曲では逆の方向について思いを馳せた。
それはすなわち、我々は個を重んじる前に、共同体に属している感覚に安心する生き物なのではないか、という疑問だ。
『僕はいつでも探しているよ/僕が属する仲間はどこか』
『みんなと同じようになりたいと/もがいてきたけど』
これらの歌詞は明確に昨今の個を肯定する文脈に対するカウンターを意識して書いた部分である。人は分類されることで安心し、他人との繋がりをそこに見出す。
人と人が寄り合い共同体を形作り、街が生まれる。
個の肯定の前に、前提として帰属意識が在るのではなかろうか。
都市の中にはあらゆる共同体が存在し、日々食事をしたり、運動をしたり、労働をしたり、蠢き合いながら生きている。
朝の通勤電車には同じ時間に似たような方向に向かう集団があり、夕暮れのコンビニには皆一様に似たような疲れた顔で弁当や飲み物を選ぶ人達がいる。
その姿に没個性だけを見出すのは暴力的だと感じる。
それぞれの生活を、コミュニティを維持する営みは、そのままで美しさやきらめきがあるはずだ。
個を肯定する文脈と同じくらいの熱量でこれらの営みについての歌が在ってもいいのに。
まるでJ-POP的文脈で個を肯定することを批判するような話を展開したが、この曲のサビは『君が笑えば嬉しくなるんだ』という奇しくも大変J-POP的なメッセージに帰結した。
隣にいる人が笑っているなら、自分も嬉しい。この単純な哲学があってこそ人と人は寄り添い合い、文明を形成し、果てない街が生まれたのではないか。
時代はどんどん複雑化している。我々はいつも自分らしさを見つけなければならず、他人と違う何者かにならなければならないような気がしている。だが、その複雑さの果てにシンプルな答えがあるかもしれない。
君が笑えば嬉しくなる。
それだけで、僕らは今日も街を生きることができるはずだ。
<がらり>
◆紹介曲「単純ないきもの」
作詞:がらり
作曲:がらり
◆EP『螺旋の街』
2026年6月3日配信リリース
<収録曲>
01. シャイなボーイ
02. 春を盗んで
03. レンズ
04. 箱庭ダンス
05. 単純ないきもの





