想い出の予感

 2026年8月26日に“YONA YONA WEEKENDERS”が7th EP『想い出の予感』を配信リリースしました。今作には、「トキオ・ダンジョン」「夜半の月」「パパ」を含む全5曲を収録。それぞれ異なる顔を持つ楽曲たちに通底するのは、"今この瞬間"への眼差しです。喜びも、疲労も、愛おしさも、いつかは遠い記憶になる。その予感ごと抱きしめたくなる夜を、詰め込んだ結成10周年イヤーの集大成となっております。
 
 今日のうたでは、そんな“YONA YONA WEEKENDERS”による歌詞エッセイをお届けします。綴っていただいたのは、収録曲「夜半の月」「パパ」「トキオ・ダンジョン」「あっ!」「ワン缶」全5曲のセルフライナーノーツ。それぞれの楽曲に込めた思いは…。



M-1「夜半の月」
 
今年でYONA YONA WEEKENDERSが始まって10年が経つんだそうな。
 
まるで他人事のような口ぶりだが、かくいう僕も「え、そんなに続いてたんだ?」という感覚が一番しっくりきている。
 
何か大きなことを成し遂げたわけでもないし、ヨナヨナ始まりの一曲、「明るい未来」の歌詞に出てくるような高級外車を乗り回している未来は、まだ現実になっていない(今は37度のバースデーだから、歌詞的にはあと一年猶予はあるが…)。
 
結成当時から、相も変わらず毎日を懸命に生きているだけだ。
 
今年はバンドの10周年イヤーということで、ありがたいことに、雑誌やメディアのインタビューなどで、これまでを振り返る機会が多々ある。
 
周りの先輩たちは20年目、30年目でバリッバリ現役なので、「いやいや10年目なんてまだケツ真っ青ですわ…」と謙遜しているのだが、改めて振り返ってみると、いやはや、ちゃんと色々あったようだ。
 
バンド黎明期。
 
みんなで集まってスタジオに入り、終われば居酒屋になだれ込む。それだけで楽しかった。
 
今の事務所に拾ってもらって、バンドを支えてくれる仲間が増えた。活動のスピードが一気に加速していくのを感じた。
 
インディーズデビュー直後にコロナ禍に突入。ライブは中止に次ぐ中止。誰に届いているのかも分からないまま、配信ライブをやった。
 
先行きが不安な中で息子が誕生し、とにかく必死に働いた。
 
そして辿り着いたメジャーデビュー。
 
初めての全国ツアー。チケットは完売。僕たちを見るお客さんのマスク越しの目の輝きを、今でも鮮明に覚えている。
 
YONA YONA WEEKENDERSが、自分のためだけのバンドではなくなった。そんな、ある種の責任のようなものが芽生えた瞬間だった。
 
順風満帆にいくかと思いきや、営業マンとの二足のわらじのバランスが取れなくなり、転職を決意。
 
大型フェスへの出演やメディア露出が増えるも、上昇気流に乗り切れず、歯痒い思いをした。
 
色々な壁にぶち当たり、メンバーやチームとぶつかることも増えた。
 
その中でギターのキイチとは、この先のお互いの幸せを考えたうえで、別々の道を歩むことになった。
 
書き出してみると、それなりに波瀾万丈である。
 
そんな僕たちが、唯一胸を張って言えることがあるとするならば、それは、“いつ何時でもステージに立ち続けてきたこと”だと思う。
 
サブスクやAIの登場で、音楽との出会い方はどんどん気軽なものになっている。
 
そんな時代だからこそ、僕たちは自分たちの生き様をライブで見せること、目の前のお客さんに生音を鳴らすことを、これからも大切にしていきたいし、そんな音楽こそが、人の心を動かすと思っている。
 
いや、そうであってくれ…。
 
たとえ不格好でも、地面に這いつくばってでも、ステージに立って歌い続ける。
 
富を得ようが、何か大きなものを手に入れようが、多分僕たちはこれからも変わらず、毎日を懸命に生きているんだと思う。
 
そして、その延長線上に、YONA YONA WEEKENDERSも続いていく気がしている。
 
この曲を聴いてくれたあなたにも、いつかまたライブハウスで会えたら嬉しい。
 
その時まで、小さな灯を消さずに、僕たちは歌い続けます。
 
 
M-2「パパ」
 
来年、息子が小学生になる。
 
ついこの前まで赤ちゃんだったはずなのに、気づけばランドセルを背負う。机に座って勉強したり、家で宿題をしたりするのだ。
 
早い。早過ぎてビビる。
 
生意気なことも言うようになったし、親の言うことなんて全然聞かない日もある。
 
でも、やっぱりめちゃくちゃ可愛い。
 
僕が生きる理由のひとつになっている。
 
そんな今の僕が順風満帆かと言われると、全然そんなことはない。
 
昨年はバンドの編成が変わり、そのバランスを探りながら、とにかく必死にもがいていた一年だった。
 
ツアーの動員も減ったし、周りを見れば上手くいっているバンドがたくさんいる。
 
隣の芝生がずっと青く見えていた。
 
今回のEPについても、過去一くらいメンバーやスタッフと議論を重ねたと思う。
 
「これでいいのか?」
 
「もっとこうした方がいいんじゃないか?」
 
なかなか着地点が見えず、迷いに迷いまくり、落ち込んだ時も、家に帰れば息子がいる。
くだらないことで笑ったり、怒ったり、逆に怒られたり、一緒に寝落ちしたり。
 
そんな日々を過ごしている中で、今回の「パパ」という曲ができた。
 
今まで僕は、聴いてくれる人それぞれに解釈を委ねるような歌詞を書くことが多かった。
あえて余白を残して、聴く人の人生や経験によって意味が変わるような歌を作りたいと思っていたからだ。
 
でもこの曲は、自分史上一番と言っていいほど、どストレートに書き上げた。
 
ベースのシンゴからも、「本当にこの歌詞でいくんだよね…?」と心配されたほどに。
 
でも、この曲に関しては、綺麗に整えたり、少し格好つけたりするよりも、最初に書き殴った時の鋭利なテンションを、そのまま残した方がいいという想いがあった。
 
たとえ局地的でも、誰か一人の心に深く突き刺さる方が、この曲にとっては正しいんじゃないかと思ったからだ。
 
だからこれは、決して「幸せな父親が息子に向けて書いた歌」ではない。
 
色んなことに悩んだり、落ち込んだりしながら、それでも大切な誰かを守りたいという気持ちを、ものすごく不器用に、ものすごく真っ直ぐ歌ったラブソングなのだ。
 
大切な誰かがいるから、もう少し頑張ってみようと思える。
 
僕にとっては、その「誰か」が息子だった。
 
そして、そんな大切な「誰か」は、きっとあなたの側にもいるはずだ。
 
 
M-3「トキオ・ダンジョン」
 
18年前、ミュージシャンになって音楽で飯を食う!と意気込み、岡山の田舎からはるばる東京に出てきた。
 
渋谷スクランブル交差点の人波。
 
歌舞伎町のネオン。
 
浅草寺のデカい提灯。
 
お台場の球体。
 
すべてが鮮やかで、キラキラして見えた。
 
当時の僕からすると、東京は夢の街だった。
 
何者かになれる気がしていたし、音楽をやっていればいつか何かが起こるだろうと思っていた。
 
まぁ、18年経った今も、結局何者になれたのかはよく分からないが…。
 
東京という街は、夢を見させてくれる一方で、現実も容赦なく突きつけてくる。
 
18年前の自分が想像していた未来とは、ずいぶん違う場所にいる。
 
家族ができて、バンドも10年続いて、メジャーデビューもして、ありがたいことに色んなステージにも立たせてもらった。
 
それでも、ふとした瞬間に「あれ、俺今何やってんだろう?」と思うことがある。
 
周りを見れば、自分より才能のある人も、成功している人もいくらでもいる。
 
焦る。
 
迷う。
 
それでも、結局懲りずに歌い続けている。
 
18年前から、何も変わっていない。
 
夢を見て、打ちのめされて、それでもまた夢を見る。
 
「トキオ・ダンジョン」は、そんな東京という迷宮の中を、18年経った今も抜け出せずに彷徨っている僕の心の叫びだ。
 
きっとこの先も僕はこの街で迷い続けるんだと思う。
 
でも、迷っている間は、まだ夢を見続けているということなのかもしれない。
 
そう思えば、トキオ・ダンジョンもまんざら悪くはないところな気がしている。
 
 
M-4「あっ!」
 
ちょうど「パパ」の制作を進めていた頃、偶然にもNHK「みんなのうた」の曲を書かせてもらう機会が訪れた。
 
なんだかとても感慨深く、一人勝手にエモい気持ちになった。
 
僕にとって「みんなのうた」は、小さい頃、リビングのテレビで何気なく流れていた番組。
 
わざわざテレビの前に座って観るというよりは、家族がそれぞれのことをしながら、いつの間にか耳に入ってくる。
 
そんな、生活の中の風景だった。
 
そんな場所で自分の曲が流れる…。
 
そう思うと、どんな名曲を書いてやろうかと、無い脳味噌をフル回転させ、鼻息を荒くしていた。
 
ある日の夕方、息子と公園で遊んでいた時のこと。
 
もうそろそろ帰ろうかという時間に、息子が突然、「一日が終わっちゃうのが寂しい」と泣き始めたのだ。
 
その姿を見て、僕はグッときてしまった。
 
子どもなりに、「楽しい時間には終わりがある」ということを感じ取った瞬間だったのだと思う。
 
大人になれば、時間が有限であることなんて嫌というほど分かっている。
 
でも、子どもがそのことに初めて触れる瞬間を目の当たりにしたことで、改めて「時間って本当にあっという間なんだな」と感じた。
 
そして、これを歌にしたいと思った。
 
「あっ!」というのは、何かに気づいた瞬間の「あっ!」。
 
そしてもう一つ、「あっという間に」過ぎていく時間の「あっ」。
 
この二つの意味を込めたタイトルだ。
 
歌詞の中には、夕方の公園だったり、伸びていく影だったり、さよならのチャイムだったり、子どもと過ごしていると出会う様々な場面が登場する。
 
でも、そんな何気ない瞬間こそ、後になって振り返った時に、宝物のような思い出になっていたりする。
 
「今を大切にしよう!」なんて、偉そうに言うつもりはない。
 
ただ、毎日を過ごす中で、ふと「あ、今って大切な時間なんだな」と気づく。
 
そんなきっかけになればいいなと思って書いた曲だ。
 
自分が子どもの頃に何気なく聴いていた「みんなのうた」で、今度は自分が作った曲が流れる。
 
そして、その曲をまた誰かの子どもが、リビングで何気なく聴いているかもしれない。
 
そう考えると、ちょっと不思議で、すごく嬉しい。
 
あっという間に過ぎていく毎日の中で、ふと立ち止まって、「あっ!」と何かに気づく。
そんな一瞬を、この曲と一緒に覚えておいてもらえたら嬉しい限りです。
 
 
M-5「ワン缶」
 
この曲が完成して、ようやく『想い出の予感』というEPの最後のピースがハマった気がした。
 
10年もの時間が経てば、当然色んなものが変わる。
 
家族ができた。
 
住む場所も、仕事も変わった。
 
バンドの編成も変わった。
 
18年前、岡山から東京に出てきた頃の自分と比べれば、環境は随分と変わったと思う。
 
でも、じゃあ自分の中身まで変わったか?というと、案外そうでもない。
 
相変わらず音楽をやっているし、ライブが好きだし、くだらないことで笑っている時間が好きだ。
 
一日が終わり、コンビニで缶ビールを一本買う。
 
それを飲みながら、「今日も悪くなかったな」と思えたら、それでいい。
 
そんなささやかな幸せが、僕にとっては大切なんじゃないか…。
 
この曲を書きながら、そんなことを考えていた。
 
37歳になっても、まだまだ飲み足りないし、遊び足りない。
 
思い通りにならないことも、周りを羨むことだってたくさんある。
 
それでも、幸せの値打ちを誰かに決められる筋合いはない。
 
自分たちが「これでいい」と思えるなら、それでいいんだと思う。
 
10年前の自分からしたら、今の自分はきっと想像していなかった場所にいる。
 
10年後の自分も、多分今とは全然違う場所にいるんだろう。
 
家族も、環境も、バンドも、また何かが変わっているかもしれない。
 
その時もきっと、何かに追われながら、何かを楽しみにしながら、毎日を生きているんだ
と思う。
そして夜になったら、また缶ビールを一本開けているかもしれない。
 
『想い出の予感』というタイトルには、今この瞬間もいつか思い出になるんだろうなという、未来の自分が今の自分を懐かしく思う、その気配のようなものが込められている。
 
この曲もきっとそうだ。
 
今はただ一日の終わりに飲むワン缶だけど、いつか振り返った時に、「あの頃はあんな毎日だったな」と思う日が来るはず。
 
変わっていくものを無理に止める必要もないし、変わらないものを無理に変える必要もない。
 
君が側にいてくれるなら、ワン缶でいい。
 
それでいい。それがいい。
 
そんな何気ない夜を、これからも大切にしていきたい。
 
YONA YONA WEEKENDERSは、これから先もきっと、こんな感じでやっていくんだろうなぁ。
缶ビールをお供に本コラムを執筆しながら、そんなことを思うのであった。
 
<YONA YONA WEEKENDERS・磯野くん(Vo.&Gt.) >



◆7th EP『想い出の予感』
2026年8月26日発売

<収録曲>