「『ある処に男あり。その男、生まれは八丁堀』」
「『優秀な兄共とは異なり、
何事においても才徳を持ち合わせていない落伍者であった。
出来損ないの邪魔者と、容赦のない誹(そし)りに心身を蝕まれる幼少期。
その様、地を這う虫が如く』」
知ってるか? 存在は客観なんだ
見ようとしてくれなきゃ
俺は そこにいない
…存在しない(いない)んだ
自然 視線は下を向き
地面を這う虫ばかりを追う
うちに 不意に 手にした木の棒で
土を刈り 一本棒を描(えが)き
円(まる)を描(えが)き 反芻し
いつしかそれは絵となった
「『幾ばくかの時が流れたあるみぎり…』」
「通りすがりの爺さんがふと声をかけてきた。
『お、うめえじゃねえか。
おまえさん絵描きになれるんじゃねえかあ?』
……かすっかすのしゃがれた声で言ったんだ。 俺は泣いたよ。
涙がこぼれたわけじゃねえ。 でも確かに泣いて叫んだんだ。」
「これだ」って……
腹が減れば泣き
眠たければ愚図る赤子のように
ただ絵を描きたいという欲が
男の中に芽生えた
生まれて初めての欲求だった
「『絵を通じて、自分という存在を見てくれる。
そのことが希望だった…』」
赤子はいつしか知る
己に手があること
その手を伸ばせば
欲しいものに手が届くこと
「俺の絵を、欲しい人がいる…!?」
赤子はいつしか知る
認められる喜びを
一度知ったら
知ったら
もっと
もっと…
もっともっと…
「『その筆は男の手に吸い付くようにあった。』」
奇怪千万 思うがままに筆が踊り
次から次へ 紙から紙へ
筆を付いたところから絵が沸き出ずる
その絵に江戸中の人々が群がっ…!
「なんだ…?!」
「筆が動かない…?」
「『江戸中の人々が群がっ』……!」
「……」
「!」
「……!」
筆を付いたところから絵が沸き出ずる…
「『だが、男の絵は大した評判にはならなかった』」
「誰も俺を見てくれねえ…」
「……いや…違う… わたしが書きたいのは…」
「けっ! 流行(はやり)の絵のどこがいいんだ。綺麗なだけじゃねえか。
俺の絵には魂がある! それに見向きもしねえで、
あんな薄っぺらい絵がもてはやされてるようじゃ世も末だな。
……あー胸くそ悪ぃ…」
燻った火から吐き出される黒い煙が
瞬く間に男の心魂(こころだましい)を覆い尽くしてゆく
まるで自分自身が煤けたような心地になり
「『優秀な兄共とは異なり、
何事においても才徳を持ち合わせていない落伍者であった。
出来損ないの邪魔者と、容赦のない誹(そし)りに心身を蝕まれる幼少期。
その様、地を這う虫が如く』」
知ってるか? 存在は客観なんだ
見ようとしてくれなきゃ
俺は そこにいない
…存在しない(いない)んだ
自然 視線は下を向き
地面を這う虫ばかりを追う
うちに 不意に 手にした木の棒で
土を刈り 一本棒を描(えが)き
円(まる)を描(えが)き 反芻し
いつしかそれは絵となった
「『幾ばくかの時が流れたあるみぎり…』」
「通りすがりの爺さんがふと声をかけてきた。
『お、うめえじゃねえか。
おまえさん絵描きになれるんじゃねえかあ?』
……かすっかすのしゃがれた声で言ったんだ。 俺は泣いたよ。
涙がこぼれたわけじゃねえ。 でも確かに泣いて叫んだんだ。」
「これだ」って……
腹が減れば泣き
眠たければ愚図る赤子のように
ただ絵を描きたいという欲が
男の中に芽生えた
生まれて初めての欲求だった
「『絵を通じて、自分という存在を見てくれる。
そのことが希望だった…』」
赤子はいつしか知る
己に手があること
その手を伸ばせば
欲しいものに手が届くこと
「俺の絵を、欲しい人がいる…!?」
赤子はいつしか知る
認められる喜びを
一度知ったら
知ったら
もっと
もっと…
もっともっと…
「『その筆は男の手に吸い付くようにあった。』」
奇怪千万 思うがままに筆が踊り
次から次へ 紙から紙へ
筆を付いたところから絵が沸き出ずる
その絵に江戸中の人々が群がっ…!
「なんだ…?!」
「筆が動かない…?」
「『江戸中の人々が群がっ』……!」
「……」
「!」
「……!」
筆を付いたところから絵が沸き出ずる…
「『だが、男の絵は大した評判にはならなかった』」
「誰も俺を見てくれねえ…」
「……いや…違う… わたしが書きたいのは…」
「けっ! 流行(はやり)の絵のどこがいいんだ。綺麗なだけじゃねえか。
俺の絵には魂がある! それに見向きもしねえで、
あんな薄っぺらい絵がもてはやされてるようじゃ世も末だな。
……あー胸くそ悪ぃ…」
燻った火から吐き出される黒い煙が
瞬く間に男の心魂(こころだましい)を覆い尽くしてゆく
まるで自分自身が煤けたような心地になり
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