密か

 2026年7月15日に“月と徒花”が新曲「密か」をリリースしました。SNSでバイラルヒットを記録した「熱り」に続く新たなラブソング。両片思いのふたりのもどかしい恋心を歌った楽曲です。サビにキャッチーな「好き」のリフレインがありながら、告白しようとする自分を鼓舞するような展開で、聴くだけで“あのとき”の青春が頭をよぎる令和の恋のアンセムソングとなっております。
 
 今日のうたでは、そんな“月と徒花”の冨岡竜之介(Vo.Gt)による歌詞エッセイをお届けします。綴っていただいたのは新曲「密か」のお話です。好きなひとと一緒にいられるだけで十分だと思っていたあの頃。でも、言えなかった「好き」を振り返り、今思うことは…。



「告白しなかった恋は、終わらない。」
 
「振られた恋よりも、ずっと長く心に残る気がする。」
 
夕方の下北沢は、昼より少しだけ優しい。
 
改札前の人混みも、古着屋から流れる音楽も、駅前で誰かを待つ人も、全部いつも通りだった。
 
「お疲れさまです。」
 
そう言って店を出る。
 
君が上がるまで、あと三十分くらい。
 
まっすぐ駅へ向かうには、少し早すぎる。
 
そう自分に言い聞かせながら、いつものコンビニへ入った。
 
冷蔵ケースを眺めて、いつもの缶チューハイを一本だけ手に取る。
 
「また待つの?」
 
レジを通りかかる店長が笑う。
 
「待ってないです。」
 
「そういうことにしとく。」
 
店長も、それ以上は何も言わない。
 
私は缶を片手に、駅までの道をゆっくり歩く。
 
あと少ししたら、きっと君もこの道を歩いてくる。
 
「あ、いた。」
 
先に声を掛けてくれるのは、いつも君だった。
 
「お疲れ。」
 
できるだけ平気な顔で返す。
 
「また飲んでるじゃん。」
 
「飲む?」
 
君は「いいの?」と笑って缶を受け取る。
 
一口だけ飲んで、何事もなかったみたいに私へ返してくる。
 
何も気にしていない君と、その缶を受け取るだけで少しだけ緊張してしまう私。
 
たぶん、待っていたことも。
 
この缶を買う理由も。
 
君は全部気付いていた。
 
「今日どうだった?」
 
「眠すぎて、授業ほとんど覚えてない。」
 
そんな他愛もない話をしながら歩く帰り道が、私は好きだった。
 
踏切が閉まれば少しだけ長く話せる気がして、信号が赤になるたびに、少しだけ嬉しくなる。
 
君は誰にでも優しい。
 
だから私にも優しい。
 
それだけかもしれないのに、その“だけ”が嬉しくて、期待してしまう自分がいた。
 
夏休みに入ると、その帰り道は少しだけ長くなった。
 
駅へ向かわず遠回りをしたり、写真を撮ったり、動画を回したり。
 
スマホのアルバムには、君が笑っている夏がたくさん残っている。
 
でも、一枚もSNSには載せられなかった。
 
あの時間を誰かに見られたくなかった。
 
誰かに説明したくなかった。
 
ただ、私たちだけが知っている思い出でいてほしかった。
 
帰り道、改札が見えてくる。
 
「じゃあ、また。」
 
君はいつも通り手を振る。
 
私もいつも通り笑って手を振る。
 
本当は、その前に伝えたい言葉があるのに。
 
ある日の閉店後。
 
店長がぽつりと呟いた。
 
「告白しなかった恋って、案外終わらないんだよ。」
 
私は笑って聞き流した。
 
「振られた恋より、長く残ることもあるし。」
 
そのときは、何を言っているんだろうくらいにしか思わなかった。
 
帰り道、一人になる。
 
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
 
「好き。」
 
次に会ったら。
 
今度こそ。
 
そう思いながら眠って、また同じ夕方を迎える。
 
あの頃の私は、好きな人と一緒にいられるだけで十分だと思っていた。
 
でも、本当は違った。
 
十分だったんじゃない。
 
その関係が壊れてしまうのが怖かった。
 
だから、「好き」の一言が言えなかった。
 
あの夏が終わっても、君との写真は消せなかった。
 
動画も、お揃いみたいに飲んだ缶チューハイの味も、夕方の下北沢も。
 
二十四時間で消えるストーリーとは違って、私の中には今も残り続けている。
 
あの日、誰にも聞こえないように呟いた「好き」は、結局最後まで君には届かなかった。
 
それでも、あの時間が嘘だったとは思わない。
 
言えなかったからこそ、大切にできた想いもある。
 
だから私は、この気持ちにひとつだけ名前を付けた。
 
**『密か』。**
 
<月と徒花・冨岡竜之介>



◆紹介曲「密か
作詞:冨岡竜之介
作曲:冨岡竜之介